久しぶりのYouTube

最近Instagramのライブ機能を使って、パスタや一品料理のレシピや作り方を配信しています。お店が落ち着いてる時間にしか配信出来ないので、どうしても比較的遅い時間帯に配信することになります。そこでYouTube動画にして公開しておけば、好きな時間に視聴する事が出来ると思い、久しぶりに動画製作してみました♪

『スーパーで買い物した食材でアクアパッツァ』

まだまだぎこちない出演者ですが、コツコツ動画も作っていきたいと思いますので、よろしくお願いしますm(_ _)m

おかえり弟(そのニ)

最近インスタグラム やTikTokで料理動画をアップしたり、SNSでライブしてお客様と交流したりと、新しい試みを色々とやっています。

大阪府のまん延防止等重点措置の適用を受けまして、焼肉ハントは休業しています。したがって、我が弟の悠人も時間が出来たので二人で面白いことをやろうという話になり、これから色々と悪巧みをしていきたいと思います(笑)

そんな弟について以前ブログを書きましたが、ここらへんで続きを書きたいなと思います。

黒天KURO-TENオープンから2ヶ月が過ぎようとするゴールデンウィークの繁忙期でした。彼はキッチンの裏口に突然現れました。心配でたまらなかった悠人が突然目の前に現れたのでとっさに『どんだけ心配したと思ってんねん!』と言いながら彼の首を絞めていました(笑)

『もう一度一からやり直したいです。』という彼の言葉を聞いて、「やっと帰ってきたか。」ととても安心した気持ちと嬉しい気持ちでした。

16歳で初めて黒兵衛のアルバイトとして入ってきた時から、やんちゃ小僧だけど仕事は一生懸命で要領も人一倍良く、持ち前の人懐っこさで色んな人から愛されるスタッフでした。それは帰って来てからも変わらず、すぐに黒天KURO-TENの即戦力として頑張ってくれました。多くのお客様の記憶にも残っていると思います。特に野外イベントは自らリーダーとなり、黒天KURO-TENの看板を背負って各地で暴れ回ってくれました(笑)

そんな悠人も結婚して子供も出来てパパとなり、あのやんちゃ小僧が立派になってくれたなぁと思っていた数年経った頃に、『僕はタイヘ行こうと思います。』と告白されました。

彼の結婚相手の母はタイ人ということもあり、タイに拠点を移して飲食店をやってみたいというのです。突然とんでもない挑戦を決意したようですが、彼の人生なので止めるわけには行きません。私は『そうか、わかった。』と言うことしか出来ませんでした。

その告白から数ヶ月後、全社をあげて彼の送別会(悠人の送別会はこれが二度目)を盛大に行って、彼はタイヘと旅立って行きました。

続きはその三で(笑)

猟師になった理由

最近よく聞かれる話題です。のでブログに書こうと思いました。でも、これは話せば長くなる内容ですねー(#^.^#)

きっかけはと言いますと、一昨年の秋に生駒の変態師匠こと高弘さんのお宅に初めてお邪魔した際に、高弘さん自ら自宅で解体した猪と鹿の肉を、皆んなで調理して、音楽と共に宴の一日を過ごした中で、変態師匠の高弘さんがわな猟の狩猟免許を取得したお話を聞き、『ぜひユウさんも取得して下さい!』と高弘さんから推されてその年の12月に行われた、わな猟の狩猟免許試験を受けたのが猟師としての第一歩でした。その出会いのブログはこちら↓

高弘さんとの出会いのブログ

わな猟の狩猟免許試験のブログもありました↓

わな猟の狩猟免許を取得した時のブログ

そして、わな猟の免許を取得すると、次は狩猟者登録という手続きをしなければ狩猟を行うことは出来ません。これは都道府県ごとに自分が狩猟を行いたいところに狩猟税を納めて登録をしなければなりません。この辺の手続きなどは詳しく別のブログで書こうと思います。(猟師になるための手順などを、まとめてブログにしようと思います。)

狩猟者登録の際には、自分がどの支部(猟友会は都道府県で分かれて、さらにその中で各支部に分かれています。)に所属するのかを決めなくてはなりません。最近の若い世代では支部に属さない人もいるそうですが、私の場合は沢山の先輩猟師から学びたいという思いがありましたので、私の地元である北葛城支部の支部長さんを訪ねてみることにしました。その際のブログはこちら↓

北葛城支部の支部長さんに誘われて

その北葛城支部の支部長さん(現在は支部長を交代されています。)とお話しさせて頂く中で、『今、猟師の世界も高齢化で若い世代がとても少ない。このままでは大変なことになる。』『君みたいな若い人がリーダーになって次の世代を育てて欲しい。』そんなことを私におっしゃいました。

誰かがやらねば

そんな事が目の前に現れるとやってしまう性分なのは重々承知しています。

支部長さんは私に、銃猟の免許も取得して猟師として若い世代を育てて欲しいという思いを伝えてくださいました。私の猟師としての一歩はここから始まりました。それから、狩猟の事を調べていくうちに、日本が直面している農業への獣害問題や、駆除された野生鳥獣の命の廃棄問題などを知り、飲食店を経営している私が取り組む事で少しでも社会貢献に繋がるのでは、という想いが芽生えて今に至っています。

今年から私は猟師一年生として、奈良県内の山にグループ猟や単独猟で入っています。これらの初心者からの経験を記録して、次の世代に続く架け橋になれば良いなと思っています。

未来の子供達に日本の美しい自然とその恵みを残し伝えていきたいと思っています。

命を頂きました

再び五條へグループ猟に参加しに行って来ました。

集合場所も時間も前回と同じ午前8時半、先輩猟師の皆さんが続々と集まって来ました。

今回は最初、前回とは別の山に入りました。私はマチ(獲物を待ち伏せして仕留める役目)を担当するので、山を登った所で猟犬の投入を待っていました。無線からは『犬入れるよー』の声がかかりました。

勢子(獲物をマチの方へ追い立てる役目)の先輩方が犬と共に下方から山に入りました。しばらくして、『メス鹿2頭出たよー』と無線連絡入りました。

しかし、そこから道路を渡ってマチとは反対の山に向かったらしく、私達が待ち構えている斜面には鹿はやって来ませんでした。

そのまま1匹の犬は鹿を追跡して反対の山を登ってしまっているので、マチを引き上げて犬を追いかけて反対の山に車を走らせました。

山はジムニー大活躍
この茂みのはるか向こうに犬が居てます
ここは前回も来た山

なんとか犬を回収して『どうせやったらこの山やろかー』とリーダーが言いました。そこは前回も入った山でした。『じゃあ僕は前と同じ場所でマチやりますね!』と前回登った斜面をよじ登って、少し窪みになった所に身を隠してスタンバイしました。

猟犬はそれぞれ首にGPSの発信機を装着してるので、ハンディーの地図表示から位置を知ることが出来ます。それを見る限りだと鹿を追って反対の斜面を走っているようです。

この感じだともう獲物は来ないかなと、気を抜きかけたその時でした。無線機から、数匹の群れが私達の方にやって来ると連絡が入りました。

『前回と同じ失敗はしないぞ』と肝に銘じて、銃を構える手にも力が入っていました。

その数十秒後でした。地面を蹴る蹄の音と枯れ枝が折れるような音が近付いて来ました。四、五頭の鹿の群れです。

すかさず私はスコープで獲物の位置を捉えました。『スコープを覗いて獲物に合わせるんじゃない、自分の目にスコープのレチクルを合わせなさい。』その師匠の言葉どおり練習していたので、瞬時にスコープの照準は木々の隙間をぬって一頭のオス鹿の左胸上部、致命傷を与えられる位置に照準を合わせていました。一瞬で絶命させることで、その子の肉は美味しい肉にしてあげることが出来ます。ここしか無い!そう思って引き金を引きました。

私はとっさに左胸を狙いましたが、よく考えたら私から見た左は鹿にとったら右胸でした。左胸の心臓の少し上、止めざしする位置を狙ったつもりでしたが、後から冷静に考えると狙っていたのは心臓と反対側の右胸でした。

弾丸は胸から入って左の背中へ抜けていました

しかし、弾は狙い通りの右胸から入って背中から抜けていました。結果としては即死する位置に当たっていたと思います。転がり落ちて行った鹿のもとへ斜面を降りると、そこには息絶えた雄の鹿が横たわっていました。

駆けつけて下さった先輩猟師に血抜きのためのナイフの入れ方を教えてもらい、自らの手でナイフを心臓の上動脈あたりに一気に入れました。すると、押し出されるように空気が出てくると同時に、真っ赤な血液が溢れ出てきました。

今まで数えきれない魚や海老の命を奪うことはありましたが、人間と同じ哺乳類の命を奪うことは、これが初めて。極めて人間と同様の構造をした体から流れる血液を見た瞬間、『生きるということはこういう事か。』今まで見過ごしていたことを気付かされたような気がしました。

人間が口に出来るもの、それは全てこの世に生を受けたものに限られます。しかし、文明が発達した現在では加工技術と流通技術が進み、生きている物を食している感覚が薄れているように感じます。肉といえば、スーパーに並んでいるパッキングされた切り身を想像することが、当たり前の世の中だと思います。ほとんどの人は、血が滴る肉と骨の塊を想像しないでしょう。

私たちは常に他の生き物の命を頂いて生き延びているんだ

そんな当たり前の事実を目の前に突き付けられた瞬間でした。

その仕留めた雄の鹿は一歳か二歳といったところ。体重は35キロから40キロくらいと思われます。鹿としては大物ではありません。でも、山から車のある道路まで引きずり下ろすには、かなりの労力を使いました。一人で仕留めた鹿を引きずって山を歩きながら、命の重さを感じていました。

そのあとは、先輩猟師の手で解体するところを学ばせて頂きました。

猟師としての一歩を歩み出すと同時に、責任の重さを実感した日になりました。

初めての単独忍び猟

狩猟を始めようと思って色々と調べ始めた頃にこのキーワード『単独忍び猟』ってなに?めっちゃ気になる!好奇心でいっぱいになりました(笑)少年の心をくすぐられる様な感覚ですかね。

そもそも狩猟免許を取得するきっかけになったのは一昨年に生駒のTさん(ジビエの師匠&変態師匠と呼んでいる笑)に勧められたからで、そして銃まで免許を取得したのは、わな猟免許を取得して北葛城支部の支部長さんにお会いするようになり、そこで猟師の高齢化と減少問題、獣害問題等を知り、『君のような若い猟師がこれからの世代を引っ張って欲しいんや。』という支部長さんの言葉で今に至っています。

今でもその想いは変わらず、『誰かがやらねば』の精神で精進していこうと思っています。しかし、単独忍び猟は私自身も興味の湧くところ。やらねば精神と興味が合わさって良い気持ちで取り組んでいく事が出来そうです。これから自分がやる事が全て繋がって、少しでも社会貢献になる様に努力していきたいと思います。

狩猟に愛用しているジムニー

さて、今回の単独忍び猟というものの、忍び?はたして忍べてたのか?というところです。まず、猟での歩き方は登山と違ってただ進めば良いのではなく、なるべく足音をさせず気配を消す事に気を配らなければなりません。そして少し進んでは立ち止まって周りの音に耳を澄ます。落ち葉が落ちてくる音も獲物の音に聞こえたりしてきます。山の中ではジャンパーポケットのジッパーを下げる音でさえ大きく感じます。ましてマジックテープを剥がす音なんて立てた時には近くの獲物は逃げてしまうと思います。

そして、初めて入る山では獲物がどういう行動をしているのかを知るところから始めないと、入った所がすでに獲物の溜まり場だった場合、自分が入り込んだ時にはすでに遅く、自分の気配で獲物は遠くへ逃げてしまっているでしょう。山を熟知して獲物が居るであろう場所を予測し、その場所に対してなるべく風下で自分の姿が見えにくい方向からアプローチしていく。これが必要だと思いました。

水飲み場があるので小川沿いに入りました
この谷は上から回り込んだ方が良さそうでした

今回は初めて独断で山選びから忍び猟までやってみて、反省や気付きも多くあり、次の出猟に活かせたら良いなと思います。

明けましておめでとうございます

皆さま、明けましておめでとうございます!本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

今日から黒天KURO-TEN、焼肉ハントともに新年の営業開始ですo(^o^)o

市場が休業中のため入荷の無い食材もありますが、メニューの豊富さが自慢なのでしっかり楽しんで頂けると思います!

尚、今日は出勤出来るスタッフが少人数なので席数を減らしての営業になりますm(_ _)m

※黒天KURO-TENはすでに満席状態です(><)

こんなスタートですが、今年も黒天KURO-TEN、焼肉ハントをよろしくお願いします!!!

今年も一年ありがとうございましたm(_ _)m

今年もなんとか最終日の営業を終える事が出来ました。これも全ては黒天KURO-TENを支えて下さったお客様をはじめ、スタッフ、関係業者様のお陰です。本当にありがとうございました。

相変わらずのコロナ禍であることに変わりはありませんが、昨年の今頃より取り巻く状況は良い方向に向かっているような気がしています。

コロナで打撃を受けている様々な業種の方々の創意工夫や営業努力に私達も刺激を受けて、日々改善や試行錯誤しながら営業を続けています。

営業自粛や時短営業などを余儀なくされて、お客様がなかなか来店出来ない状況が続いた時は、『もうダメだ。』心が折れそうになり、悔し涙を流した時期もありました。

しかし、周りの飲食店仲間や仕入れ先業者様方も苦しい中、必死で頑張っています。そして何より、再び来店してくださったお客様の『頑張ってね!』『大変やろうけど応援してるよ!』といった心温まる励ましのお言葉に、勇気と力を頂きスタッフ一丸となって頑張って来れました。本当に沢山のお客様に支えられていることを、改めて実感した次第です。

来年からもどのような世界になっていくのかは誰にもわかりません。しかし、どのような状況になっても安心してご来店して頂けるお店創りを、これからもスタッフと共に試行錯誤しながら心がけていきたいと思っています。

本年は本当に皆様にお世話になりありがとうございました。

来年が皆様にとって良い一年になりますように。

巻狩

私が今年から所属させて頂いている猟友会五條支部の巻狩(グループで獲物を追い詰めて捕獲する猟)に参加してきました!

五條市といえば吉野川を挟んで南の山奥まで広がっている山間部が大部分を締める市です。その山間部に入る手前に集合場所があり、早朝に私を含む9名の鉄砲撃ちと3匹の猟犬が集合しました。

ほとんどの方が初対面でしたが、師匠の紹介ということもあり、皆さん快く私の事を受け入れてくれました(^O^)

『さぁ行こかー』

全員それぞれの車に乗り込み山奥へと出発しました!

私はマチという獲物を待ち伏せる役目をすることになっていたので、山の上と下に別れたチームの上側に居てました。山の下から犬を放って上に向かって獲物を追い詰めていきます。

私がマチに付いたのはちょうど小さな谷になっている一番奥のマチ位置でした。

この方向から鹿が走ってくるなと予想していました。

山の中でひとりぼっち、とてもあたりは静かでメンバーそれぞれ持ち場について周りに人の気配も無くなりました。

足場の確認、矢先の安全確認をして、緊張しながらスラッグ弾を1発装填して待機していました。射撃場以外の装填はこれが初めてなので、とても特別な緊張感を味わい、この初心の緊張感はいつまでも忘れてはいけないなと肝に命じました。銃の所持許可を取るにあたり、過去の悲惨な事故例を頭に入れてるので、確認の重要性は十分理解しています。安全第一で猟をすることを常に心掛けたいと思います。

しかし、予想していた方向と真逆の方向から何かの気配と足音らしき物音が聞こえてきました。

首だけを左後方に向けて後ろを確認すると、奈良公園では見ることが出来ないほど立派な角を持った雄鹿が私の方に向かって来ていました。その後ろにはもう少し小さな雄鹿一頭と雌鹿三頭が群れとなって歩いていました。私はちょうど良い太さの木の根を足場にして静止していたので、鹿の群れは私の存在に気づくことなくどんどん私の方に近づいて来ます。

私は一旦、銃を真上に向けて木の幹をかわし、体を反転させて後ろから近づいて来る立派な雄鹿の頭にスコープの照準を合わせました。

『仕留められる』

今引き金を引けば確実にこの雄鹿を仕留められる。そう思った瞬間引き金を引くことを躊躇ってしまいました。

反対方向は完全に矢先の安全確認をしていなかったことと、あまりに立派な鹿を見られた感激で引き金を引くことに迷いました。

その躊躇した瞬間、スコープ越しにその雄鹿と一瞬目が合いました。私はあの瞬間の感覚を一生忘れないと思います。おそらく群れのリーダーであろうその雄鹿が私の存在に気づくなり、群れは先輩たちが居る方へ方向転換して走って行きました。

そっちはダメだ!

そう思った時でした。先輩猟師たちの銃声が次々と響き渡りました。

無線からは鹿が走る方向を支持する声が聞こえて来ます。何発も銃弾を受けながらその雄鹿は走っているようです。

『私があの時仕留めていれば…』

私は至近距離から頭に照準を合わせていたので、撃っていれば即死させていたと思います。躊躇うということはこういう事なのだと実感し、もうこのミスは繰り返さないと心に決めた瞬間でもありました。

後ほど変わり果てた雄鹿を私自らナイフで解体し、肉は持ち帰りました。お店の賄いカレーになる予定です。

めった撃ちにされてしまいました

このやり方では食肉として販売することは不可能です。しかし、国の方針に従い猟師は駆除を続けています。料理人としてこのジレンマと闘いながら、自分に出来る事を模索していきます。

初撃ち

自分の猟銃のスコープ調整のために再び京北総合射撃場に行ってきました)^o^(

猟で使う弾丸は散弾ではなくスラッグ弾

私は競技としての射撃をしたいわけでは無くて、あくまでも狩猟のスキル向上のために射撃場を利用したいと思っています。この射撃場はスラッグ弾も撃つことが出来るので、これからお世話になると思います。