コロナにはもう振り回されない

またまたメディア等ではコロナ感染者数を連呼するようになって来ました。もう世間では慣れっこになってる人が多くなっていますが、一部ではまだまだ怖がって自粛の動きに入る人も居てるようです。

先日、私の高校の同級生で感染症の専門医をしている友人と、地域の医師会会長さん達とお話する機会を頂きました。

現在のコロナの状況は貴方から見てどうなのですか?と聞きました。

『確かに最初の頃は怖いウイルスと思った、でも今はワクチンも普及してウイルスも弱毒化している。もう怖がるべきウイルスでは無くなった。』との事でした。

『メディアが悪いよ。もっと経済の事ちゃんと考えて発信しないと。』『飲み会もやったらいいんだよ。』

医師会のお偉いさん達の意見が前向きで私は少し安心しました。でも、相変わらずメディアでは世間に恐怖を煽るような放送が溢れています。ワクチン接種を薦める放送も多くみる様になりました。

新型コロナウイルス感染症は現在の位置付けは、結核や重症急性呼吸器症候群(SARS)並に危険度が高い『2類相当』とされています。しかし、季節性インフルエンザと同じ『5類相当』に引き下げるべきという意見が与野党から出ています。

しかしながら、医師会の先生方によると、『国が買い取ったワクチンがもっと減らないと5類に下げることは無いよ。』とのこと。

これ以上メディアに振り回されることなく、自分の頭で考えて行動することが重要だなと改めて考えさせられました。

人生は限られています。コロナに怯えて時間を無駄にするのが得策なのかは、それぞれの判断が難しいところです。

しかし、飲食店経営者や接客を主とする職種の方は、コロナに怯えず経済活動を継続する事が、唯一の生き残る道です。それは間違いの無い事実です。

今年も一年ありがとうございましたm(_ _)m

今年もなんとか最終日の営業を終える事が出来ました。これも全ては黒天KURO-TENを支えて下さったお客様をはじめ、スタッフ、関係業者様のお陰です。本当にありがとうございました。

相変わらずのコロナ禍であることに変わりはありませんが、昨年の今頃より取り巻く状況は良い方向に向かっているような気がしています。

コロナで打撃を受けている様々な業種の方々の創意工夫や営業努力に私達も刺激を受けて、日々改善や試行錯誤しながら営業を続けています。

営業自粛や時短営業などを余儀なくされて、お客様がなかなか来店出来ない状況が続いた時は、『もうダメだ。』心が折れそうになり、悔し涙を流した時期もありました。

しかし、周りの飲食店仲間や仕入れ先業者様方も苦しい中、必死で頑張っています。そして何より、再び来店してくださったお客様の『頑張ってね!』『大変やろうけど応援してるよ!』といった心温まる励ましのお言葉に、勇気と力を頂きスタッフ一丸となって頑張って来れました。本当に沢山のお客様に支えられていることを、改めて実感した次第です。

来年からもどのような世界になっていくのかは誰にもわかりません。しかし、どのような状況になっても安心してご来店して頂けるお店創りを、これからもスタッフと共に試行錯誤しながら心がけていきたいと思っています。

本年は本当に皆様にお世話になりありがとうございました。

来年が皆様にとって良い一年になりますように。

おかえり弟(その一)

たまにしか更新しないブログに何度となく登場してきた弟の悠人。

彼が初めて藤井寺の居酒屋黒兵衛にアルバイトとしてやってきたのは彼が16歳の時、当時は私も28歳で彼とは干支で言うと一回り違うことになります。まだ黒天KURO-TENも存在すらしていなかったので、私は藤井寺の居酒屋黒兵衛で仕事をしていました。

16歳の彼は、高校生が思い付く悪さを全てやってしまうんじゃないか、というくらい絵に描いたような悪ガキでした。警察にお世話になってアルバイトに来なかったり、喧嘩で顔じゅうキズだらけで仕事に来たりと、心配の絶えない少年でした。でも、憎めない奴で何故か誰にでも愛されるキャラクターは当時から変わっていません。

そんな彼も高校卒業を迎えようとしてる時、今の黒天KURO-TENは計画段階に入っており、私は彼を立ち上げメンバーの一人として迎え入れたいと思っていました。しかし、物件の取得が難航し、計画が進まないまま彼の卒業が迫ってきてしまいました。そして結局彼は東京の大手飲食会社に就職してしまいました。

私は彼が東京で頑張れているのか気になっていたので、久しぶりに連絡してみるのですか、音信不通となり、どこで何をやっているのかとても心配になりました。彼が東京へ旅立ってどれくらい経った頃なのか忘れてしまいましたが、ある時当時のアルバイトスタッフが、『難波で悠人を見ました!あれは絶対悠人です!』との情報が入って来ました。

私を含めてスタッフ皆んなが彼の動向を心配していたので、ある日スタッフ全員で飲み会をしていた時に、『そうだ、久しぶりに悠人に電話してみよう!』ということになり、ちょうど携帯の番号が新しくなっていた私の携帯電話で電話することにしました。というのも、彼は私やスタッフの番号を知っているので、それらの番号には出ないのです。

案の定、彼は私の電話に『もしもし』と出ました。

『おい悠人!』私のその声に瞬時に気づいた彼はすぐに電話を切りました。生きてる事だけはわかりました。

この後も私は当日流行っていたSNSやメールなどで連絡を試みましたが、彼から連絡が入ることはありませんでした。

そして彼が東京に旅立って3年が経つ2011年3月、やっと黒天KURO-TENをオープンさせることが出来ました。3年前の私には悠人を迎え入れる力はありませんでしたが、黒天KURO-TENの力があれば彼を迎え入れることが出来ます。しかしもう、彼は居ません。

そんな黒天KURO-TENオープンのドタバタで3ヶ月が過ぎようとするゴールデンウィークが終わる頃、突然彼は現れました。営業中に振り返ると、裏口に悠人が立っているじゃありませんか。

私は思わず彼に近づくなり両手で彼の首を締めながら『どれだけ心配したと思ってるねん!』と叫んでいました!

これが、一度目の『おかえり弟』

続きはまた今度(笑)

コロナで家族や仕事を失った人々は大勢います。決してコロナ禍の状況を喜ぶべきものではありません。しかし、誰もが前を向いて進まなければいけません。コロナのせいで、ではなく、コロナのおかげでと思えた時に新しい光が見えてくるのだと思っています。コロナのおかげでもう一度弟と前を向き、夢に向かって前進出来ることを感謝したいと思います。